特集|線維筋痛症・慢性疲労症候群(ME/CFS)と、働き方

Record稼働設計 読了 7分

調子が悪いことは、少しずつ伝えていた(前編)

休職を決めるまで、職場には何度かに分けて、調子が悪いことを伝えていた。病名がつく前から、少しずつ。

ハンガーに掛かったワイシャツとスーツの上着。その下に置いたビジネスバッグの口から、折りたたんだ杖の持ち手がのぞいている
イラスト|編集部(AI生成)
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  • 岡田シンペイ

    線維筋痛症・慢性疲労症候群(ME/CFS)の当事者。WEB制作会社 合同会社LOFIR代表、AIネイティブ・エンジニア。体調に波がある人の働き方を設計し、記録している。

私は、線維筋痛症と慢性疲労症候群(ME/CFS)とともに働いています。この記事では、その中で得た知見や、取り組んでいることを紹介します。

In 3 lines

  • 夏に手の違和感から始まり、体調が万全でないまま1年以上働いた。コロナ禍の出社制限で在宅が中心だったので、中抜けして通院できた。出社の日は、杖をかばんに入れて、ピークを避けて通った。
  • 上司・産業医・人事には、病名がつく前から少しずつ伝えていた。大学病院では神経ブロック注射などを受け、通院の日は午前休をもらった。家には、ベッドをまたぐデスクで寝ながら働ける環境を作った。
  • 予定していた打ち合わせに、当日動けなくて出られない日が出てきた。10月に関係者全員で引き継ぎの計画を決め、3か月かけて引き継いでから休職に入った。

会社員だったころ、体調が万全ではないまま、1年以上働いていました。
コロナ禍で、在宅勤務が中心になっていたころです。

休職を決めるまでに、職場には何度かに分けて、調子が悪いことを伝えていました。
一度にすべてを話したのではありません。病名がつく前から、少しずつです。
その順番と、そのあいだの働き方を書きます。

夏、手の違和感から始まった

最初は夏でした。8月か9月、まだ半袖のころです。
手が痛い。箸を持つのがつらい。腱鞘炎のような感じがして、マウスの使いすぎかなと思っていました。
歩くと足が痛む。よく歩いた日の翌日に、足にやたらと痛みが出る。そういうこともありました。

近くの整形外科に通い、手と足のレントゲンを撮ってもらいましたが、骨に異常はありませんでした。
線維筋痛症(新しいタブで開きます)や慢性疲労症候群(新しいタブで開きます)という言葉は、そのころはまったく知りませんでした。

寒くなってきたころ、痛みが強くなり、朝、手がこわばるようになりました。
年が明けて別のクリニックにかかりましたが、はっきりした原因は分かりませんでした。
それで少し安心して、痛みをやり過ごしながら、そのまま働き続けました。

少しずつ悪くなっていきました。腕全体がつらい。体がだるい。
目が覚めてから、ベッドの上でしばらく動けない朝が増えました。
それでも、仕事はバリバリしていました。

出社制限があったから、中抜けして通院できた

コロナ禍で、会社には出社の制限がありました。
在宅がメインだったので、中抜けして通院しやすい時期でした。

出社するのは週に2〜3日です。
出社する日は、血行を良くするとうたっているリカバリーウェアを着て、湿布を貼って、その上にワイシャツとスーツを着ていきました。
効いていたのかどうかは、正直よく分かりません。意味はなかったかもしれません。
外から見て違和感のない範囲で、できることをしていた、というほうが近いと思います。

かばんには、折りたたみの杖を入れていました。
通勤はすごく混む路線の電車で、座れない日のほうが多く、杖にはずいぶん助けられました。
満員電車に乗るだけで、会社に着いたときには疲れ切ってしまいます。

会社も、感染を防ぐために通勤のピークを避けることを勧めていました。
なので、早めの時間に出社して、早めの時間に退社するようにして、通勤での消耗を抑えていました。

早朝の駅のホーム。ドアの開いた電車の車内に吊り革が並び、ホームには屋根と、数字のない丸い時計、誰も座っていないベンチがある
混む時間を避けて、早めに出社していましたイラスト|編集部(AI生成)

春には、会議や打ち合わせをなるべく午前に入れないようにしました。朝がいちばん動けなかったからです。
4月に部署が変わり、営業と SE の仕事から、マーケティングの仕事に移りました。
ほぼ在宅で完結する仕事になった代わりに、オンラインの打ち合わせが増え、終わるたびにぐったりするようになりました。
キーボードとマウスの操作も痛むようになり、左右に分かれたキーボードとトラックボールに替えました。

上司と産業医と人事には、少しずつ伝えた

上司と産業医、人事には、調子が悪いことを伝えるようにしていました。
病院に通ってみても変わらないこと。ずっと調子が悪いこと。
一度に全部ではなく、徐々にです。

ただ、プロジェクトはいろいろと忙しく、まとまった休みを取るのは難しいまま、ずるずると働き続けました。

年明けからかかっていたクリニックには、何か月か通いました。
それでも原因は分からず、良くもなりませんでした。
線維筋痛症という病気があると知ったのは、このころです。
5月に紹介状を書いてもらい、大学病院の痛みを専門にする科にかかりました。そこで「線維筋痛症の疑い」と言われました。のちに、線維筋痛症と診断されました。

週に1回、午前休をもらって通院した

大学病院では、主治医の判断で、星状神経節ブロック注射と、近赤外線を当てるレーザーの治療(スーパーライザー)を受けることになりました。
はじめは週に1回です。

通院の日は午前休をもらっていました。
注射のあとは、私はふらつきが出るので、午前中はまったく働けません。
午後に帰ってきて、打ち合わせが入っていれば出て、なるべく軽めの作業をして、夕方まで働きました。

しばらく続けましたが、私の場合は痛みが変わりませんでした。
飲み薬の選択肢があると自分で調べて知り、主治医に相談して、
ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(新しいタブで開きます)(ノイロトロピン)という処方薬に切り替えることになりました。
私の場合、飲み薬のほうが注射より通院の負担が少なく、夏からは通う間隔も隔週になりました。
薬のくわしいことは、添付文書(新しいタブで開きます)に書かれています。

こういう治療がある、ということを、私はこのとき初めて知りました。
受けるかどうか、どれを受けるかは、主治医と相談して決めることです。ここに書いているのは、私が受けたという記録だけです。

上司は、理解のある人でした。
「無理しない範囲で頑張ってね」「良くなるといいね」と、応援してくれる姿勢でした。
午前休や体調のことで、査定や昇進に響いたと感じたことは、あまりありません。

寝ながら働ける環境に変えた

そのころには、起き上がれない日が出てきていました。
メールを返すのにすごく時間がかかる。頭に霧がかかったような感じ(ブレインフォグ(新しいタブで開きます))も出始めていました。

はじめは、家でもふつうのデスクで働いていました。
そこに電動ベッドを置いて、ベッドの上で仕事ができるようにしました。新品には手が出なかったので、中古の介護用のものです。
高さを変えられるデスクを、ベッドをまたぐ形で正面に置きました。
ベッドの背を起こせば、そのままデスクの椅子に座っているような姿勢で仕事ができます。
左右に分かれたキーボードとトラックボールは、寝たままの腕の位置に合わせました。
体調が悪いときは寝て、動けるときはベッドを起こして作業する。
無理のない姿勢で、休みながら働ける環境です。いまの働き方の形ができたのは、この時期です。

頭側の背を起こした電動ベッドの足側が、高さの変わるデスクの天板の下に入っている。天板の下のアームから左右に分かれた2つのキーボードが下がり、手前に腕を乗せるパッド、右にトラックボールがある。天板にはディスプレイが2枚
ベッドの足側を、デスクの天板の下にくぐらせていますイラスト|編集部(AI生成)

オンラインの打ち合わせは、背景を差し替えて、ベッドの上から出ていました。
あとで聞いたら、ベッドの上だと気づいていた人は誰もいなかったそうです。

会議に出られない日が来た

それでも、良くはなりませんでした。

メールが返せない。書くのに本当に時間がかかる。
会議の場で、話が頭に入ってこない。

決定的だったのは、予定していた打ち合わせに、当日動けなくて出られないことが、本当に起き始めたことです。
これはさすがにまずい、ということで、会社に相談しました。

夏のあいだは、出社は週に2〜3日でも、勤務はふつうに週5日でした。
秋から冬にかけて、有給休暇を少しずつ入れていき、最後は週3日の勤務にする。その段取りを、人事と自分の部署と相談して決めました。

10月に、関係者全員で引き継ぎの計画と方針を決めました。
終わらせるものは終わらせる。人に渡すものは渡す。
10月から12月の3か月で、少しずつ引き継ぎを終えました。
12月の末から有給休暇を使い、年明けから休職に入りました。

—

後編では、休職してから退職し、自分の会社に1日1時間から戻るまでを書きました。
ハローワークで何を探して、何が見つからなかったか。そして、いちばん悪かったころの1日を、いまの仕事の基準にしていること。


この記事について

この記事について(稼働・反動・AI の使用・掲載範囲)
読み方これは少数の実例から組み立てた方法です。一般に当てはまる手順ではありません。それでも書くのは、実際にやった記録が積み重なることに値打ちがあると考えているからです。やったことは書きますが、助言はしません。読み方について(新しいタブで開きます)
執筆にかかった稼働口述 約20分(3本ぶん約1時間のうち)/構成と下書き=編集部(AI を使用)
反動ほとんどなし。自分の体験を話しただけで、当時会社に出した報告を残してあったので、思い出すのも難しくなかった
AIの使用音声入力の文字起こしと下書き。取捨選択と文責は編集部
利益相反なし
掲載範囲編集長自身の記録です。当時の勤め先・上司・産業医は特定できないように書いています。受けた処置と薬は名前だけを書き、効果の説明はしていません。制度の受給については書いていません

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