特集|線維筋痛症・ME/CFS と、働き方

Record稼働設計 読了 7分

自分に厳しくしているうちは、仕組みを作らなかった(前編)

厳しくしている間は、無理で埋まるので仕組みが要らなかった。要らないものは作られない。

長さの違う2本のものさしが並んでいる。その横に、同じ大きさの書類の束が1つ
自分を基準にしていた
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  • 岡田慎平

    線維筋痛症・ME/CFS の当事者。WEB制作会社 合同会社LOFIR 代表社員。体調に波がある人の働き方を設計し、記録している。

In 3 lines

  • 自分に厳しくしていた間、自分のための仕組みも、人のための仕組みも、どちらも作らなかった。作らなくても、そのつどの無理で回っていたからだ。
  • 「なんでできないの」は責めであり、同時に「もっと調子のいい日の自分ならやれる」という期待でもある。責めと期待がそろうと、段取りは永遠に作られない。
  • 会社員のころ、時短勤務の部下に責任のある仕事を渡し、評価も下げなかった。それでも、力を出せない日をどう扱うかは本人任せにしていた。

私は線維筋痛症と筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の当事者で、同時に、
小さい会社をやっています。人に仕事を頼む側でもあるということです。

この2つは別々の話だと思っていました。そうではありませんでした。

自分に厳しくしていた間、私は、自分のための仕組みも、人のための仕組みも、どちらも作りませんでした。
作らなくても回っていたからです。回していたのは、仕組みではなく、そのつどの無理でした。

これは「もっと自分を大事にしましょう」という話ではありません。順番の話です。

前提(事実)

体調に波があります。動ける日と動けない日があり、どちらが来るかは前の日には分かりません。

会社は私を含めて少人数で、外の方に仕事をお願いすることもあります。
前編で書くのは、なぜ私が長いあいだ仕組みを作らなかったのかです。
いま何をしているかは、後編に分けました。
制度(障害者雇用や合理的配慮)の説明はしません。条件は個別に変わるので、
専門家に確認していただくのが確実です。

「なんでできないの」は、問いになっていなかった

長いあいだ、自分に向けてこう言っていました。

昨日はできたのに、なんで今日はできないのか。

これは問いの形をしていますが、答えが返ってくることを期待していません。
返ってきてほしい答えは「本当はできるはずだ」に決まっています。つまり問いではなく、責めでした。

そして、責めと同時に、もう一つ立ち上がるものがあります。

今日はできない。けれど、今日よりは調子のいい日の自分なら、やれるだろう。
体調が悪くて手が止まっているその瞬間にも、この期待は一緒に立っています。

これが厄介でした。その期待があると、いま仕組みを直さなくてよくなるからです。
落ちたぶんは、別の日の自分に渡せる。渡せるつもりになれる。

責めていると、明日のための手当てを考えなくて済みます。
期待していると、そもそも手当てが要らないことになります。
この2つがそろうと、段取りは、いつまでも作られません。

同じことを、人に対してもやっていた

会社員だったころ、部下や、入って間もない人や、外部のパートナーに仕事をお願いして、
返ってきたものが思っていた水準に届かないとき、私は「なんでできないんだろう」と思っていました。

外に出す仕事のほうが、この感覚は強く出ました。
契約として、それだけの力のある方にお願いしているつもりだったからです。
足りないと、「なぜ伝わらないんだろう」になります。

相手のせいにして終わりにしていたわけではありません。頼み方を変えられないか考え、
改善点を伝え、参考になるものを渡しました。依頼する側の改善は、当時からずっと考えていました。

それでも、仕組みにするところまでは行きませんでした。

いま思えば、理由ははっきりしています。
当時の私は元気で、忙しいなりに動かせる時間があって、大きな障害もありませんでした。
その状態を基準にして、相手にも同じ感覚を求めていました。
求めているつもりもありませんでした。基準が自分だったので、疑いようがなかったのです。

時短勤務の部下に、私がしなかったこと

当時、子育てで時短勤務の部下がいました。

短時間だから簡単な仕事だけを渡す、というやり方は避けていました。
責任のある仕事を渡し、評価も短時間勤務を理由に下げませんでした。

そこまではやっていました。それでも、抜けていたことがあります。

家のことでハードな日と、そうでない日があったはずなのに、私はそれを日ごとの波として見ていませんでした。
見ていたのは、過去のいちばん良かった出力です。
そこから「この人はこれくらいできるはずだ」という線を引いて、
その線は毎回超えてくるだろうと思っていました。そして「前はもっと良かったのに」と思いがちでした。

私が伝えていたのは、作業の効率と、考える手順のほうでした。
していなかったのは、働くことそのものの段取りです。
力を出しきれない日をどう扱うか、逆に出せる日をどう使うか——この2つを、本人任せにしていました。

このときのことは、別の記事に詳しく書きました。

やれてしまう日があると、やれない日の段取りができない

調子のいい日は、たいていのことが自分でできます。
できてしまうので、手順を外に出しておく理由が発生しません。

そして、手順が自分の頭の中にしかない仕事は、動けない日に丸ごと止まります。
止まったぶんは翌週に寄り、寄ったところでまた無理をすることになります。

私の場合、ここが動いたのは AI に渡し始めてからでした。
最初に変わったのは調べる仕事で、Deep Research や NotebookLM が使えるようになったあたりから、
調べて整理するところを、まるごと外に置けるようになりました。

いまは Claude Code です。渡すために手順を書き出したのですが、
書き出した時点で、その仕事は私がいない日にも動くようになりました。
効いたのは渡した先が AI だったことではなく、頭の外に出したことのほうだったと思っています。

頭の外に出すと何が起きたかは、別の記事に書きました。

自分ひとりの中で起きていたことと、人に仕事を渡すときに起きることは、同じ形をしていました。
自分がやれてしまう領域ほど、その領域の段取りは最後まで作られません。

よくある行き違い

配慮として、まず仕事の量を減らす。
量だけを減らすと、収入が減ったうえで、働きにくさはそのまま残りました。

これは別の記事に書いています。

本人が「できます」と言ったから、できる。
私も言います。期待して頼まれたら、たいてい「できます」と答えます。
いまも、お客さまに対して同じことをしています。
「忙しいと思うんですけど、なんとか」と言われると、
「わかりました、なんとかします」と言ってしまう。そして後悔します。

嘘をついているわけではありません。
聞かれた日の体調が、その答えに入っているだけです。
できる日に聞けば、できる日の自分を基準にして答えます。

仕組みを作るのは、過保護ではないか。
私はそう思っていました。実際は逆で、厳しくしている間は、無理で埋まるので仕組みが要りませんでした。
要らないものは、作られません。

ただ、ここは簡単ではありません。
渡す側には伸びてほしい気持ちがあり、渡される側にも伸びたい気持ちがあります。
判断する余地まで先回りして奪ってしまえば、それはそれで別のものを取り上げることになります。

そして正直に書くと、無理をして埋めてきた過程で、身についたものはあったと思います。
越えたから見えたものは、たしかにありました。

それでも、それは本人の頑張り次第です。頑張り次第のものは、仕組みになりません。

後編では、いま何をしているかを書きました。
決めるのではなくやれない形にしておくこと、「しなくてもいい時間」の枠、
締切の置き方、見積もりに体調が入ること。

続きはこちらです。


この記事について

この記事について(稼働・反動・AI の使用・掲載範囲)
読み方これは少数の実例から組み立てた方法です。一般に当てはまる手順ではありません。それでも書くのは、実際にやった記録が積み重なることに値打ちがあると考えているからです。やったことは書きますが、助言はしません。読み方について(新しいタブで開きます)
執筆にかかった稼働口述と確認 約45分(編集長。前編・後編あわせて)/構成と下書き=編集部(AI を使用)
反動少しあり。長めの記事なので、疲れが残った
AIの使用下書きの作成と構成。取捨選択と文責は編集部
利益相反なし(提供・報酬は受けていません)
着想の出所佐渡島庸平『編集者のフィードバック』(2026-05)/ポッドキャスト「ニュースコネクト」2026年9月のゲスト回。逐語の引用はしていません(趣旨を編集部の言葉で書いています)
掲載範囲編集長自身の記録です。会社員だったころの部下・取引先を特定できる情報(社名・業種・時期・人数)は書いていません

Authorこの記事を書いた人

岡田慎平

線維筋痛症・ME/CFS の当事者。WEB制作会社 合同会社LOFIR 代表社員。体調に波がある人の働き方を設計し、記録している。

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